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高松高等裁判所 平成9年(行ケ)2号 判決 1997年8月26日

原告

高松高等検察庁検察官検事

村山創史

井村立美

被告

廣田勝

右訴訟代理人弁護士

岡村直彦

右訴訟復代理人弁護士

長山育男

主文

一  被告は、本判決が確定した時から五年間、高知県第三区において行われる衆議院(小選挙区選出)議員の選挙において、候補者となり、又は候補者であることができない。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨。

第二  事案の概要

本件は、検察官である原告が、公職選挙法二五一条の三第一項、二一一条一項に基づき、被告に対し立候補禁止を請求した事案である。

一  (争いのない事実)

1  被告は、平成八年一〇月二〇日施行の第四一回衆議院議員総選挙において、高知県第三区から衆議院(小選挙区選出)議員の選挙(以下「本件選挙」という。)に立候補したが、落選した。

2  被告の後援会組織であるひろた勝西土佐村後援会(以下「西土佐村後援会」という。)は、被告と意思を通じて本件選挙の選挙運動を行ったが、甲田(以下「甲田」という。)は西土佐村後援会の副会長であり、乙川(以下「乙川」という。)はその会員であった。

3  甲田と乙川は、本件選挙に関する以下の犯罪事実(以下「本件選挙違反」という。)により、いずれも、公職選挙法二二一条一項一号、四号等の罪を犯したものとして、平成九年一月二三日、高知地方裁判所において、禁鋼以上の刑に当たる懲役一年(執行猶予五年)に処する旨の判決の言渡しを受け、同判決は同年二月七日確定した。

(一) 甲田は、

(1) 平成八年一〇月一日ころ、高知県幡多郡西土佐村大字用井一一一〇番地三西土佐村山村ヘルスセンターにおいて、丙山(以下「丙山」という。)から、被告に当選を得させる目的で、被告のために投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、現金一〇万円の供与を受けた。

(2) 同月初旬ころ、同村大字江川字栗ノ木八二五番一日吉神社境内において、丙山から、前同趣旨の下に供与されるものであることを知りながら、現金八万五〇〇〇円の供与を受けた。

(3) 同月五日ころ、同村大字江川<番地略>A方において、前記選挙区の選挙人で被告の選挙運動者である右Aに対し、前同趣旨の下に現金一万円を供与するとともに、同人から同選挙区の選挙人に供与すべき投票買収資金等として現金五〇〇〇円を交付した。

(4) 同月八日ころから同月中旬ころまでの間、同村大字江川﨑字鍛冶ケ谷二三〇四番三上村製材所事務所前路上ほか四か所において、各同選挙区の選挙人であるBほか四名に対し、前同趣旨の下に現金合計二万五〇〇〇円(各五〇〇〇円)を供与した。

(二) 乙川は、

(1) 平成八年一〇月一日ころ、同村大字用井一一一〇番地三西土佐村山村ヘルスセンターにおいて、丙山から、被告に当選を得させる目的で、被告のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、現金一〇万円の供与を受けた。

(2) 同月初旬ころ、同村大字口屋内<番地略>乙川方において、丙山から、前同趣旨の下に供与されるものであることを知りながら、現金六万円の供与を受けた。

(3) 同月八日ころから同月一二日ころまでの間、同村大字岩間四〇〇番一宮地酒店東側空き地ほか四か所において、各前記選挙区の選挙人であるCほか四名に対し、前同趣旨の下に現金合計四万円を供与した。

(なお、被告は、(一)(1)及び(二)(1)の各犯罪事実は捜査機関によるでっち上げであって、架空の事実であるから、同各事実によっては被告に立候補禁止の効果は生じないと主張するが、立候補禁止請求事件においては、確定した刑事判決の内容を争うことは許されないと解すべきである(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一三四頁参照)から、被告の右主張は主張自体失当である。)

二  (争点)

1  本件訴えは、訴権の濫用として、却下されるべきか。

(被告の主張)

本件訴えは、立候補禁止等の訴えが提起されなかった今回の衆議院議員選挙の栃木県第四区における選挙違反と比べて、本件選挙違反の違反者の社会的地位・社会的影響力・集票能力が格段に低いにもかかわらず、提起されたものであり、その訴え提起は著しく公平を欠き、正義に反するもので、権利の濫用に当たるから、却下されるべきである。

2  甲田、乙川が組織的選挙運動管理者等に該当するか。

(原告の主張)

甲田は西土佐村後援会副会長として、乙川は同後援会事務局長として、本件選挙に当たり、被告と意思を通じて組織により行なわれる選挙運動において、その選挙運動の計画の立案若しくは調整又は選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督その他選挙運動の管理を行ったものであるから、いずれも公職選挙法二五一条の三第一項にいう「組織的選挙運動管理者等」に該当する。

(被告の主張)

西土佐村内における被告の選挙運動は、全てひろた勝中村事務所において計画され、同事務所事務局長丁野(以下「丁野」という。)から指示を受けた西土佐村後援会長丙山が、甲田や乙川らに指示して行わせたものであって、甲田や乙川は末端運動員と変わらない立場にあって、選挙運動の管理を行っていないから、いずれも組織的選挙運動管理者等に該当しない。

3  被告が、本件選挙違反を防止するため相当の注意を怠らなかったか。

(被告の主張)

被告は、丁野に指示して、幡多地区後援会責任者が集まった際、選挙違反しないよう記載した文書を配布させ、丁野も同文書を配布するとともに選挙違反しないよう注意を喚起し、運動員にこれを徹底するよう指示することにより、本件選挙違反を防止するため相当の注意を怠らなかった。

(原告の主張)

被告が丁野に指示して運動員に対し選挙違反をしないよう注意を喚起し、これを徹底するよう指示したことは否認する。

丁野は、幡多地区後援会責任者に対し、選挙違反が見つからないようにうまく票集めをやってくれとの趣旨で文書を配布し、発言したものである。

4  本件選挙違反に、公職選挙法二五一条の三第二項一号、二号の準用がなされるべきか。

(被告の主張)

架空の事実である前記一の(一)(1)及び(二)(1)の各犯罪事実が被告の対立候補の選挙運動をもしていた竹葉傳の虚偽自白をその根拠としていること、甲田と乙川が、対立政党である自民党公認で比例区から立候補した三石文隆の後援会の元事務局長と会長であったこと等からすると、本件選挙違反は「おとり」或いは「寝返り」によるものに準じるものとして、公職選挙法二五一条の三第二項一号、二号の準用がなされるべきである。

第三  証拠関係

当審記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する判断

一  争点1について

被告の主張する程度の事由が存したからといって、本件訴えが訴権の濫用に当たるとはいえないから、本件訴えが不適法であるということはできない。

なお、付言するに、公職選挙法二五一条の三の連座制導入の趣旨は、日本の選挙風土に根強く残存する組織ぐるみの選挙運動に伴う選挙腐敗行為の横行に対し、候補者等に、組織的選挙運動管理者等が選挙腐敗行為を行わないよう、当該組織の隅々まで目を光らせ、万全の措置を講ずる義務を課することにより、腐敗選挙を候補者等自らの手で一掃させようとするものであるから、仮に他の事案においてその候補者への連座制の不適用が不当である場合があったとしても、検察官の措置の当否の問題が生じうることは格別、それだけでは被告の連座制の適用を免れる理由とはならないものである。

二  争点2について

1  証拠(甲七ないし一三、証人乙川〔一部〕、同甲田〔一部〕、同丙山〔一部〕、同丁野)によれば、次の事実を認めることができ、証人乙川、同甲田及び同丙山の証言中右認定に反して被告の主張に沿う部分は、前掲各証拠と対比して、また、右各証言は全体として記憶が曖昧であることから、また、証人乙川及び同甲田については、供述調書(甲第七及び第八号証)作成時において記憶どおりに供述した旨証言していることからして、いずれも措信できない。

(一) 平成七年九月ころから、被告は本件選挙に立候補する準備をしていたところ、同年一〇月三日、本件選挙の被告の西土佐村における後援会結成の準備として、直前の参議院議員選挙においても被告の選挙運動を行っていた丙山、甲田、乙川ら五名が西土佐村山村ヘルスセンター(以下「ヘルスセンター」という。)に集まり、その話し合いにより、西土佐村内二九地区の各地区において被告の選挙運動や票の取りまとめを行う世話人(約九〇名)の人選を行うとともに、各人が手分けして、人選した世話人にその就任依頼をすること及び右二九地区をさらに五ブロックに分け、右五名がそれぞれ各ブロックの代表者になることを決めた。

その後、丙山、甲田、乙川らは、それぞれ、右人選した世話人に対し就任依頼をして廻り、最終的に八四名の者が各地区の世話人に就任することを承諾した。

(二) 同月二三日、被告が無所属で本件選挙へ出馬する旨の表明を正式に行い、同月三〇日ころ、中村市内の中村プリンスホテルにおいて、被告出席のうえ、被告の選挙応援のための幡多地区幹事会が開催され、西土佐村から丙山、甲田、乙川ら四名が参加した。

その席上では、ひろた勝中村事務所事務局長丁野から、被告を当選させるための選挙運動を行うことを目的とする被告の後援会を、各市町村において発足させることが要請された。

なお、被告は無所属で本件選挙に立候補したものの、平成八年二月一五日には新進党が、同月二五日には公明党県本部が、それぞれ被告を推薦することになった。

(三) 平成七年一一月六日、西土佐村の奈路集会所において、被告、丙山、甲田、乙川らが出席のうえ、西土佐村後援会の結成式が開催されたが、それに先立ち、丙山、甲田、乙川ら五名は、ヘルスセンターに集まって、同結成式の日時・場所・進行の仕方を決めるとともに、同後援会結成の発起人として五名連名で、村民に同結成式の案内状を送付するなどして、同結成式参加を呼び掛けた。

同結成式においては、乙川が司会をし、丙山が発起人代表として挨拶をし、甲田が閉会の挨拶をするなど、発起人である丙山、甲田、乙川ら五名の者が式を進行させた。そして、被告が本件選挙での応援を求める旨の挨拶をするとともに、同後援会の会長に丙山が、副会長に甲田ら三名が選任された。事務局長については、会長に一任することが決まったので、その後、丙山は乙川を事務局長に選任することにしたが、結局乙川に就任要請をしなかった。

また、西土佐村の各地区を五ブロックに分け、それぞれのブロックの代表者に丙山、甲田、乙川らが就任することも正式に決まった。

(四) 被告の幡多地区の選挙運動の中心になったのは、ひろた勝中村事務所であり、西土佐村後援会は、ひろた勝中村事務所と連絡を取り合って、また、その要請に従って、その選挙運動を行ったが、その窓口は、西土佐村後援会側が会長の丙山、ひろた勝中村事務所側が事務局長丁野であった。

そして、西土佐村後援会の行った公示までの選挙活動の主なものは、選挙民に対する後援会会報の配布、後援会への入会申込書が添付されている後援会のしおりの配布、被告の後援会のポスター貼りであったところ、後援会会報、後援会のしおりやポスターは、ひろた勝中村事務所の丁野らが丙山のところへ持ってきたので、それらを丙山、甲田、乙川といったブロック代表者が、自ら配布したり、貼ったりするとともに、各担当地区の世話人に頼み、各世話人が各地区で配布したり、貼ったりした。

また、平成八年七月一一日には、ヘルスセンターに丙山、甲田、乙川ら五名が集まって話し合い、西土佐村後援会独自の後援会便りを作成配布することとその記事の内容について協議・決定した。そして、同年八月下旬に出来上がった右後援会便りはブロック代表者から各担当地区の世話人に渡されて、配布された。

そして、同年八月八日から一〇日にかけて、被告が西土佐村でミニ集会を行った際には、乙川は、担当の世話人に声を掛けて、村民をミニ集会に参加させるよう要請した。

(五) 同年一〇月一日、丙山、甲田、乙川ら七、八名が出席して、ヘルスセンターにおいて、西土佐村後援会の打合せ会を開いたが、その際、出席者全員で、公示後の選挙用ポスターを貼る方法、被告の選挙カーが西土佐村を廻るときの遊説コース及び随行者・先導車・後続車の人選、被告の個人演説会を同ヘルスセンターで行うときの準備・設営・進行方法、翌日の被告の個別訪問の道順・随行者について協議して、決定した。なお、右選挙カーによる遊説の日程、個人演説会の日程及び個別訪問の日程は、ひろた勝中村事務所において決定され、西土佐村後援会に伝えられたので、右打合せ会においては、右各日程を前提として協議がなされた。

その後、乙川は、丙山から被告の個人演説会を知らせるビラを受け取り、これを担当地区の各世話人に渡して、村民への配布を依頼した。

(六) 本件選挙は同月八日に公示され、丙山、甲田、乙川らは、それぞれの担当地区の掲示板に選挙用ポスターを貼ったり、選挙用葉書を郵送した。

その後、一〇月一日の打合せどおりに、被告の選挙カーの遊説、個人演説会がなされ、丙山、甲田、乙川らが手伝った。

2  右認定事実によれば、確かに、西土佐村後援会は、ひろた勝中村事務所と連絡を取り合って、また、その要請に従って、その選挙運動を行っていたものの、西土佐村内においては、その要請の範囲内において、西土佐村後援会が自ら独立してその選挙運動の仕方を決定していたものであり、しかも、それは会長の丙山が一方的に決めていたものではなく、甲田、乙川らと相談のうえ決定していたものといえる。

すなわち、甲田、乙川は、丙山らとともに、西土佐村後援会の発起人の立場にあって、西土佐村内の各地区における世話人の人選を行い、西土佐村後援会の結成式の日時・場所・進行の仕方を決めるとともに、発起人として同結成式の案内状を送付し、後援会結成後は、西土佐村後援会独自の後援会便りを作成配布することとその記事の内容を決め、公示後の選挙用ポスターを貼る方法、被告の選挙カーが西土佐村を廻るときの遊説コース及び随行者・先導車・後続車の人選、被告の個人演説会を行うときの準備・設営・進行方法、被告の個別訪問の道順・随行者について決定してきたが、これらを行う者は西土佐村後援会の行う「選挙運動の計画の立案もしくは調整を行う者」に該当するというべきである。

また、甲田、乙川は、ブロックの代表者として、後援会会報、後援会のしおりの配布やポスター貼りを各担当地区の世話人に頼んだり、乙川は、村民をミニ集会に参加させるよう、また、被告の個人演説会を知らせるビラを村民へ配布するよう担当地区の世話人に依頼しているが、これらを行う者は西土佐村後援会の行う「選挙運動に従事する者の指揮もしくは監督を行う者」に該当するというべきである。

そして、前記認定事実によれば、西土佐村後援会は、被告を当選させる目的をもって、複数の者が役割を分担し、相互の力を利用しあい、協力しあって本件選挙の選挙運動を行った組織であると認められるから、同後援会による選挙運動は、公職選挙法二五一条の三第一項にいう「組織により行われる選挙運動」ということができ、西土佐村後援会が、被告と意思を通じて本件選挙の選挙運動を行ったことは前記第二の一2記載のとおりである。

よって、甲田、乙川は、公職選挙法二五一条の三第一項にいう「組織的選挙運動管理者等」に該当するものというべきである。

三  争点3について

1  証拠(甲一〇、乙一、証人丁野、同丙山)及び弁論の全趣旨によれば、被告は「各地区後援会責任者の皆様へ」と題する書面(乙第一号証)を作成し、それを丁野が平成八年九月二八日の幡多地区各後援会長に対する説明会(同説明会には丙山も出席していた。)において配布したが、同書面には、「後援会の皆様に、絶対に選挙違反行為の無いように活動されますようご伝達願います。また、選挙違反と取られるような後援会活動には十分注意して下さい。」と記載されていること、また、丁野は、右書面を配布した際、ひろた勝中村事務所作成の「後援会へのお願い」と題する書面(乙第一号証)も一緒に配布したが、同書面には「公職選挙法が変わり連座制が厳しくなっておりますので違反行為のないようお願い致します。」と記載されていること、そして、丁野は、右各書面を配布した際、口頭で同趣旨の注意をしたが、特に買収をしないようにとの注意はしなかったこと、被告も、後援会幹部の会合に出席したときには、しばしば右被告作成書面に記載されたことと同趣旨の発言をしており、同書面と同趣旨の書面を以前にも一度配布したことがあったこと、しかしながら、被告はこれ以上の選挙違反防止策を採らなかったことが認められる。

2 ところで、公職選挙法二五一条の三の連座制導入の趣旨は、候補者等に対して選挙浄化に関する厳しい責任を負わせ、選挙の腐敗行為をなくすることにあるところ、そのためには、候補者等が自らの手で、組織的選挙運動管理者等に対し、これらの者が選挙腐敗行為を行わないよう、当該組織の隅々まで目を光らせ、万全の防止措置を講ずる義務、すなわち、徹底した選挙浄化のための努力を払う義務を課したものである。したがって、候補者等に課せられる注意義務は、社会通念上それだけの注意があれば、組織的選挙運動管理者等が、買収行為等の選挙犯罪を犯すことはないだろうと期待しうる程度のものをいうと解され、候補者等がこの注意義務を怠らなかったと評価されるために必要な措置の内容は、具体的事情の下での結果発生の予見可能性及び結果回避の可能性の程度によって決せられることとなる。

3  これを本件についてみるに、証拠(甲七ないし一〇、一三ないし一五、証人丁野)によれば、甲田や乙川は前記各書面(乙第一号証)を見せられたことはなく、誰からも買収をしてはいけないと言われたことはないこと、平成八年三月中旬ころ、西土佐村農協や村内の五つの建設協会が対立候補である自民党公認の山本有三の支持に回ったことにより、被告側が劣勢となり、このことは丙山から丁野に伝えられたが、同年九月ころには、山本有三の方が強い、集会に集まる選挙民の人数が多い等の情報が流れたことから、この形勢を挽回する目的で、甲田、乙川、丙山は本件選挙違反を行ったこと、丁野は、同月下旬ころ、丙山に対し、買収資金として金五〇万円を交付し、この選挙違反行為につき有罪判決が確定しているが、本件選挙違反は右金五〇万円でもってなされたことが認められ、証人甲田の証言中右認定に反する部分は、記憶どおりに供述したと証言している供述調書(甲第七号証)と対比して措信できない。

そうすると、右認定事実によれば、西土佐村において被告側が劣勢となっており、そのことは丁野にも伝えられていたのであるから、被告において、西土佐村後援会の組織的選挙運動管理者等が被告の当選を得る目的で、投票獲得に直接かつ有効な手段である買収行為を行うことを予見することは十分可能であったと認められる。

ところが、被告は、単に、前記認定のとおりの抽象的文言を記載した書面を作成して、これを配布し、後援会幹部の会合で同書面の内容と同趣旨の発言をしただけであり、それ以上に、西土佐村後援会の組織的選挙運動管理者等が買収行為を行うことを防止するための具体的措置を取っていないし、右書面や被告の発言の趣旨が各後援会の組織的選挙運動管理者等に十分伝わっているか否かについての確認すらもしていない。

その上、本件選挙違反は、右書面を配布した丁野から、同時期に丙山に交付された買収資金五〇万円によってなされているのであるから、被告は、丁野に対してさえも、買収防止の具体的措置を取っていなかったといわざるを得ない。

したがって、前記認定の書面作成・配布及び発言をしただけでは、被告が甲田及び乙川の本件選挙違反を防止するために、公職選挙法二五一条の三第二項三号にいう「相当の注意を怠らなかった」ということはできない。

四  争点4について

被告主張の事由が存したとしても、本件選挙違反に公職選挙法二五一条の三第二項一号又は二号の準用をすることはできないから、被告の主張は主張自体失当である。

なお、付言するに、証拠(甲七、一四、証人甲田、同乙川)によれば、前記第二の一の(一)(1)及び(二)(1)の各犯罪事実は架空の事実ではなく、真実なされたものであること、甲田及び乙川は、以前、平成七年四月に施行された高知県議会議員選挙に立候補した三石文隆の後援会の事務局長と会長に就任していたものの、本件選挙においては、専ら被告の選挙運動のみを行っていて、比例区に自民党公認として立候補していた三石文隆の選挙運動を行っていないことが認められ(証人丙山の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信できない。)、本件全証拠によるも、本件選挙違反が「おとり」或いは「寝返り」又はこれに準じる行為によってなされたことを窺わせるに足りる証拠はないので、被告の主張はその前提においても理由がない。

第五  結論

よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大石貢二 裁判官一志泰滋 裁判官重吉理美)

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